今年の寒さは例年の比ではなく 12月から厳しい真冬日が続いています。
バスの最前席から撮った 「雪をしのぐ札幌」の光景を見てください。


今年は喪中で 神棚飾りや玄関のしめ飾り お供え餅などはしませんでした。
それでも大晦日には 息子や娘の家族全員が揃いますので(しばし総勢9人)
早目から大掃除を始め、毎度のおせちはいつもどおり作りました。
ご馳走になって美味しかったので 教わって今年初めて作った「紅茶鶏」です↓

水カップ3に 紅茶9g(アールグレイを茶パックに入れる)を入れて 鳥の胸肉2枚を
湯沸させずに10~12分煮て 常温で冷ます。
オイスターソース大1、醤油 酒 みりん各大3をポリ袋に入れ 肉を半日以上漬ける。
私は胸肉 もも肉 豚ヒレで作ってみました。
紅鮭のマリネは おせちの定番にしてから もう30年以上になります ↓

玉葱 人参 セロリ は千切りか薄切り。セロリの葉の緑も入。月桂樹の葉を数枚入。
鮭は食べやすい大きさに切り 塩気がきつければ酒を振ってしばらく置く。


皮は取り除きます。 油3:酢1のドレッシングであえる。好みで2:1でもOK。
切干大根は 普段若い人は作らないおふくろ料理なので おせちにしてみました↓


とに角おでんを大大鍋で作っておけば 例年どんな時でも安心していれます ↓
大根 姫だけ 里芋 ふきなどが下に入っています。隠し味にホタテの燻製を入。

私の旨煮は丁寧でないです。おでんと同じで 空腹時の間に合わせになります↓

↓紅白なますは避けて大根と何を合わせたらいいのか思い当たらずいつも通り。
夕食時は鍋にしました。きんきの鍋やすき焼きなど.....↓


26日からおせちの準備にかかり 無念にも28日に腰を痛め、それでも頑張ったん
ですが30日には痛みが強くなりました。料理の写真を撮る余裕がなかったです。
↓ 正月明けて2日は 箱根マラソンで 5区柏原の力走に日本中が拍手!!!
1歳と2歳の孫は おむつをとる練習中でトイレが賑やかでした ↓


今年の正月は 95歳の母とベビーギャング2人との掛け合いが愉快でした。
1月も半ばを過ぎました。 今年もどうぞ宜しくお願い致します。
昨秋 10月16日~21日まで「山陰&山陽をぐるっと巡るツアー」で行ってきました。

丁度 焼き看板作りを教わったので復習してみました ↑ 初日は千歳空港から
羽田経由で伊丹空港着、途中土産物店へ寄って宮津の温泉ホテルへ直行。
翌朝いきなり日本三景の一つ、天の橋立で観光のスタートを切りました。

天に昇る龍を想像させる絶景! 朝もやで少々残念! 全長3.6km、
巾20~170m、約8.000本の黒松が茂っていて、徒歩1時間で渡れる。
鳥取砂丘は東西16km 南北2kmの広大な海岸↓入り口付近でらくだを撮っただけ。

この旅で最も目が点になったのは、広さ5万坪の足立美術館の日本庭園!!! ↓
6つの庭園はどれも絵にも描けない美しさ! 立ち入れないので観賞のみ!

昭和45年秋開館 創設者は実業家足立全康。横山大観他の近代日本画多数↑
3日目島根県松江市の小泉八雲記念館 ↓ 1890年39歳で記者として来日。

松江に1年余滞在し 小泉セツと結婚。中学校 師範学校の英語教師となる。
日本の風物 人情が気に入り 紀行文 小説 随筆で日本を世界に紹介した。
縁結びを祈願する出雲大社には 全国から参拝者が集結する ↓

祭神は大国主命(おおくにぬしのみこと)で 全国の縁結びのいわば総本山 ↑

4日目も見所はてんこ盛りで
金子みすず記念館へ....
←車窓から看板が見えます。
明治36年生まれ、本名テル、
20歳頃から童謡を書き 投稿
した作品が西条八十に認めら
れる。 23歳で文具店へ嫁ぐ。
夫は詩作に理解がなく離婚。
女児を出産するが26歳で自死。

この日の夜、偶然NHKのTVで金子みすずの特集が放映されたそうです。
翌朝観た方々が興奮気味に話し込んでいましたが 私は早寝なので残念!


山口県秋吉台の広さは130平方km、無数の
石灰岩が点在。地底は巨大な鍾乳洞 秋芳洞。
雲一つない晴天に 錦帯橋はよく似合っています ↓


対岸へ渡り 又引き返してくる時に橋の上からこっち岸を撮りました ↑

5日目は宮島口からフェリーで、海に浮
かぶ世界遺産厳島神社を参拝。
大鳥居は高さ16m、主柱は樹齢600年のクスノキ。 総重量60tで鎮座。
12世紀 時の権力者平清盛の造営によって寝殿造りの基本が形成された。
平成8年12月 正式に世界文化遺産として登録されました↓

遅すぎましたが いつかきっと来なければと思っていた平和記念公園です ↓
昭和20年8月6日朝8時15分 地上600m上空で炸裂! 一瞬で14万人が犠牲!

原爆の子の像で修学旅行生が 練習してきた平和への呼びかけをしていました↓


その3日後には長崎にも投下され、
15日に戦争は終結します。
世界で唯一の被爆国でありながら
平和利用だと言って発電を原子力
に依存している実情!
平和であっても想定外の大地震で
膨大な被害を後世にまで残します。
終戦時私は4歳、父は帰還する
船中で病死し 火葬できないので
海に投下されたそうです。
昭和15年生まれの幼子でしたが
同年代の友には この戦争で
人生を変えざるをえなかった人が
大勢います。
大原美術館↓とその周辺の倉敷美観地区で自由散策しました。


旅行の最終日は 姫路城の見学だけとなりました。
しかし幸か不幸か...平成の大修理中で すっぽり覆われていました↓

考えようでこの期間だったからこそ 大天守閣の屋根が目の高さで見れました↓

好天にも恵まれて欲張った盛りだくさんの全6日間のコースを無事終了。
運転手さん ガイドさん 添乗員さん ありがとうございました。


写真掲載は お3人の承諾をいただいています。
3月11日の大地震で東北の東海岸は未曾有の災害に見舞われました。
被災した市町村が少しずつ復興していく情報が聞こえてきて胸をなでています。

名勝 高田松原には7万本の松が
茂り 日本百景の一つでした。
全てが津波の直撃を受けましたが奇跡的に1本の松だけが残り 復興のシンボルとして見守ってきました。
保護観察を9ヶ月間続けましたが「蘇生は絶望的」との報告書が12月12日に出されました。
しかしこの4月、この1本松の樹上に残っていた松ぽっくりから種子25粒を採取。低温処理を施した上で脱脂綿に蒔いたら18本が間もなく発芽し 今高さ4cmにまで成長。今後は温室や畑で管理。10年後には50cmになって植樹できる見通し。

この奇跡の松は樹齢約270年だったそうで 後世に子孫を残し使命を全うしました。
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いつも通り12月が明けたら ぼちぼちあちこちのお掃除&断捨離を始めます。
根を詰めないで&怠けないでバランスを楽しみながらコツコツ&せっせと進めます。

南西向きの窓から明るい陽ざしが鉢花に当たっていました。
ふっと手を止めて撮って.... まぁ~~こんな風に呑気にやります。
地下街で抽選を引いたら18本が外れ E賞が1本でマウスパットをもらいました。

お正月に鮭は欠かせませんが 今年夫は山漬けにこだわりました。
カタログを手にしながら電話注文をしています

近所のチラシでは2千円でも買えるのに 傍で聞いていたら次第に高くなって....
切り身にしてもらったら+千円、クールで送ってもらうと9千円にもなりました。
お正月なので特別だといってもねぇ~~
ところが昨日デパートで見た山漬けには2万円の値が着いていました。
傍にいたお店の人に聞きましたら「海に出て行った鮭は4~5年でふる里の川に戻ってきますが その中に間違って2年ものの鮭が混じっていることがあるんです。
それを山漬けにしたのがこれです。」とのことでした。
美味しいものには上限がありませんね。 写真上部に切り身が写っていますが
そのデパートで山漬けのがま4切れが千円、尻尾1切れが百円でした。

青森のムツに住む息子が特産品の長いもを送ってくれました。
長さ56cm、重さは1.5kgで見事に大きいです。
暮れから娘の家族も揃って総勢9人になります。 明日からそろそろ
おせちづくりにとりかかります。
ブログを始めてから6年目に入っています。
いつもお訪ねくださいましてありがとうございます。
今年は目標の月2回の更新が出来ないこともありました。
無理をせず続けますので どうぞこれからもお訪ね下さいますようお願い致します。
いつも昼食はNHKのテレビを観ながら摂りますが 金曜バラエティは楽しいです。
ほぼ1年近くも前の1月28日 楽器を使わない3人の若い演奏家に心打たれました。

幼い頃 緑のそよ風に遊んでもらった原風景を思い出させるハーモニーでした。
それから1~2ヶ月もたった頃、時の人の新聞記事に目が止まりました。
真ん中の赤い帽子の人で唇 喉 鼻 舌 息を駆使して自在にリズムを刻みます。


←Daichiさん、
ヒューマンビートボックスというジャンルで活躍。
ドラムの音に他の50種もの打楽器音をかぶせる巧技。
小学生から独学でひたすら練習を積んできた。
You Tubeで アクセスが1200万件超で 大絶賛 !!!

分山 喜美子さん→
女性には珍しいプロの口笛演奏家。
口笛とピアノの「吹き 弾き」をなさる。

←森 光弘さん
ハンドフルート(手笛)奏者。
指や掌を使ってフルートの音色を奏でます。
強さを主張しないお三方の優しいハーモニーに 思わず潤んでしまいました。
心奪われましたが 2~3曲合唱されたので慌ててカメラに収めることが出来ました。

テレビで観てから1年近く経ちましたが 「NHK 金曜バラエティ 1月28日」で検索していって、お名前も分かり You Tubuの動画投稿サイトで お三方の
パフォーマンスを見ることができました。
日本に止まらず 夢を追い続けて海外へと繰りだされる勇気と一生懸命さを
ずっ~~と応援致します。
左端の方は 動物声帯模写名人の江戸家 猫八さんです。
You Tubeで演奏中の動画をご覧になりたければ お名前で検索できます。
もう半年以上も前だと思いますが、新聞記事を切り抜いて 後でゆっくり読みました。
読んで裂いて捨てたんですが ふっとその油彩を観に行きたくなってとっていました。

ついでの用事もあって街に出た日、一人の静かで贅沢な時間をすごしました。
三岸好太郎美術館は広い緑の敷地内にあります。 木漏れ日がきれいでした。

「1969年、学生運動のさ中 北海道大学にあったこの油彩を 封鎖された教養部から 無断で当時の道立美術館に避難させた学生を 41年振りに探し当てた」・・・という記事です。 当時教養部は6月末から封鎖が始まり 運び込まれたのは8月の夜。

教養部には連日大勢の学生が立てこもり 火炎瓶を作ったり 放水したり 地質学の岩石標本が投石に使われたりという荒れようでした。
運び込んだ学生は 現在後志管内の医師(63歳)で、封鎖にかかわったので名乗れないが 取材に応じ 謎だった当時の状況が明らかになったということです。
三岸好太郎の油彩「花と蝶」(32年 30号)です↑ 蝶はどこなのか?というと・・・↓

三岸好太郎は31歳の若さで急逝されたそうで 作品も多くはなく 残念です。



奥さまの三岸節子さんの記念美術館は 愛知県一宮の生家跡にあります。
三岸好太郎さん↓ 節子さんは 1999年 94歳で逝去されました↓



おとといの夕方、母の部屋をのぞくと TVで星野富弘さんを取材していました。
あわてて茶の間に戻って 画面に釘付けになりました。
東京滞在中に、夫が出張で帰らない日も
あって そんな日暖めていた星野富弘美術
館行きを決行しました。
平成7年2月で 早16年も前になります。
東京からどんなコースで群馬県の桐生駅へ行ったのか忘れましたが その桐生駅から 1両編成のわたらせ渓谷鉄道で神戸(ごうど)下車、駅前に美術館行きの村のバスが待っていました。
車中で地元の人と話しましたが 「普段は1両で走っているが 土日は2両さえ満員になるのはどうしたことなのか?」と不思議がっていました。
「詩画作家星野富弘さんの美術館に来る人達です」 と話しますと「そんな偉い先生が
この先にいるんですか!!」とたまげていたのが滑稽でした。
当時24歳、中学の体育教師でクラブ活動指導中に頚椎損傷の大怪我を負い手足の自由を失いました。 長い闘病中に励ましの手紙をいただき、その返事に詩画を添えたのが描き始まりだそうです。
口に筆をくわえ お母さんや奥さんに絵の具を溶いてもらいます。 ↓現在65歳

通る人にシャッターを押してもらいました↓ 乗り継ぎ待ちの桐生駅前でしょうか?

とうとう神戸に着きました。↓美術館行きのバスが電車の到着を待っていました。

美術館の前に巨大なそら豆のモニュメントがそびえていたと思いますが・・・・

自分が写っている写真を貼りたくないですが 3枚しか撮らなかったようで・・・・
やむをえません↑ 記念の一枚(絵葉書)を買ってきました ↓

お住まいも美術館の近くだそうです。当時は詩画集が出たら直ぐ買っていました。
わたらせ渓谷鉄道で その先を少し行くと 足尾銅山跡があります。


札幌の街中の様子を 色鉛筆で描かれる優しい絵を知って HPを覗いていました。
その方の個展を知り、この冬1番の猛吹雪を突いて観にいきました。

やはり普通の色鉛筆ではありませんで、ドイツ製のを使っておられるそうです。

筆に水を浸けて なぞって薄くするそうです。
暖かい部屋に小さい絵が優しく並んでいて 外の猛吹雪を忘れました。
「鈴木周作 札幌の水彩色鉛筆画家」でHPをお訪ねください。
健康に恵まれていて 毎日家事に精出したり、出かけて用事を足しますが 頭を
空っぽにしていても 「おや? おやっ?...」と思う場面に出会います。
家にいて撮ったのと 外出先でたまたま携帯していて撮ったのを並べてみます。
↓車に会社名が描かれていますが 左側の壁の文字の向きが反対で変です。

運転席に向けて書きはじめるのだと思いますが、一面と捉えて左から書かれている車に出会うと妙に感動します。 この場合「ターャジス」で おや? おやっ?です。
10月に入ったというのに 我が家のさぎ草は今やっと咲きました。
土が固く 水やりもさぼっていて 過酷な条件で生かされてきたからでしょう↓

2年前の7月18日、初めて咲いた庭の紫陽花と 鉢の君子欄が競い合いました↓

ゴミステーションに箒とちりとりが下がって2年近くになります。週交代で掃除当番
さんが使いますが、当初直ぐに盗まれると心配したけれど 今も下がっています↓

↑サイクリングロードの道脇に 親切な「空気入れ」が用意されていました。
↓札幌駅地下街の店先で ジャンボなキティちゃんが周囲を和ませています


毎年この時期、札幌駅の天井に黄色い紙の子どもの絵がたくさん下がっています↑
2つの家電がよく似ています↓ 分かりますか? 左は掃除機、右は炊飯器です。


↑掃除機は12年間単身赴任のワンルー ムで使ったのでお別れで撮りました。
乳液が残り少なくなったので逆さにしましたら 蓋の上が丸かったので斜めに立ちました→
夫が単身赴任の間、ほぼ毎月格安航空券で東京へ行きました。
このバックで ベルトが肩に喰い込む程おかずをずっしり入れて背負いました↓

安く買ったバックでしたが12年の間 無傷で頑張ってくれました。
半券も途中から貯めましたが 断捨離の決断で両方にさよならしました。
↓南5西3の歩道でせり出た街路樹が 人に優しく陽雨風よけをしていました。


今日夕方 回覧板を配っていたら 久し振りに虹を見ました↑

ほっき貝を個売りで買ってきたら 1コの中に巻いた貝が入っていました。次にスーパーへ行った時 店員さんが近くにいたので話しましたら 「珍しいので持って来てください」と言われました。まだ冷蔵庫に入れてあったので 翌日持って行きました。
思いもよらず別に1個くださいました。